ゴルフと神経科学(4)イップスの原因と克服方法

ゴルフと神経科学(脳科学)と題したシリーズですが、「イメージトレーニングによる技術の向上」「エリートと凡人を分け隔てるもの」、そして前回は「なぜ勝利を目前にし、意識すると崩れるのか?」と続けてきました。

今回は最終回で「イップスの原因と克服方法」です。引き続き「勝てる脳、負ける脳 一流のアスリートの脳内で起きていること(集英社新書・小林耕太/内田暁著)」を参考・引用しています。

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イップスとは?

「イップス」という言葉をメディアなどで目にすることが多いのは「ゴルフ」「野球」といったスポーツではないかと思います。

「イップス」という言葉の生みの親は20世紀前半に活躍した名ゴルファーの1人で、メジャー3勝、PGAツアー通算25勝のライアン・アーマーです。1967年の著書(ABCゴルフ)で、自身が名付けたことを明らかにしています。

イップスとは「それまで問題なく出来ていた一連の動作が、自分の意志とは無関係に突如として乱れる状況」を指しています。

ライアン・アーマー氏は自身の著書で「今までスムーズにパッティングをしていたゴルファーが、ある日突然、緊張のあまり、ほんの数センチしか打てなかったり、あるいはカップをはるかにオーバーするようなパットを打ったりするようになる病気」と説明しています。

このイップスという現象は野球やゴルフといったスポーツで注目を浴びることが多いのですが、日本古来の弓道においても同様の現象が存在しています。

弓道では、十分に弓を引く前に矢から手が離れて射てしまうことを「早気」、射るタイミングになっても指から矢が離れなくなることを「もたれ」と呼んでいて、ゴルフや野球のイップスと同様に自分の意思と異なる身体の動きが起こる現象が存在しています。

このイップスという現象は、野球のピッチング、ゴルフのパッティングなど特定の動きを繰り返し行うときに起こる特徴があります。弓を射るということは特定の動きを繰り返すことになりますので、同じ問題が生じやすい競技であると言えます。

神経科学から見たイップス

イップスという現象が生じる原因として「メンタルの問題」があげられることが少なくありません。そのため、イップスに苦しんだ選手の中には瞑想に取り組んだり、催眠術までも試みたメジャーリーガーも存在するほどです。

イップスをチョーキング(choking)の一つであり、心理現象として捉えることが主流であったため、そのようなアプローチがとられることは致し方ない面もあります。しかし、イップスを心理現象ではなく、神経科学の観点から、フォーカル(局地性)・ジストニアと仮定してみると違ったものが見えてくることになります。

フォーカル(局地性)・ジストニアは「勝てる脳、負ける脳」では以下のように説明されています。

フォーカル・ジストニアとは、一定の姿勢を保ちながら特定の習熟した技を出そうとした時に限り、腕や指、場合によっては瞼や頬の筋肉が収縮し、本人の意思とは無関係に動いてしまう(あるいは動かなくなる)神経疾患である。フォーカル・ジストニアの発症例は、ピアニストやギタリストの音楽家や、美容師や外科医、古くはペンで書く機会の多い作家などにも見られてきた。また、痙攣などが起きる動作が職業上の動きと強く関連しているケースも多く、それらは職業性ジストニアとも呼ばれている。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.166)

自分の意思とは異なる動きが入ってしまうゴルフや野球のイップスと同様の問題が、ピアニスト、ギタリスト、更には美容師、外科医、作家にも起こっています。これらの問題は筋肉などの損傷や痛みはないため、日常生活への支障はないものの、その特定の動きをしようとした時に発生するという特徴があります。

このように自分の意思に反する動きを筋肉がしてしまう理由について、以下のように説明されています。

脳も”肉体で特定の動きを繰り返し練習すること”によって、その構造が変化する。反復練習をすると脳から肉体へ指令を下す回路が確立し、脳内のボディマップの結合が強化され、拡大するのだ。さらに練習を繰り返していくと、整理統合が行われてプロセスの自動化=プログラム化が進む。
(中略)
あまりに過度な反復練習を重ねると、拡大しすぎたボディマップが本来の形を失い、正しく働かなくなってしまうことがある。高度に発達しすぎた複雑なプログラムを同時に起動させようとしたために、脳が容量オーバーでフリーズしてしまった状態・・・・・それがジストニアである。

シリーズの第1回と第2回の記事で触れた内容ですが、多くの反復練習をすると、その身体の動きに対応する脳の部位が拡大し、スムーズかつ高速に連携するようになります。さらに練習を継続していくと、それが無意識レベルものとなり、最終的には自動的なプログラムとして脳にセットされるようになります。

そのため反復練習は一流になるためには重要なのですが、あまりにも過度なものになると、特定の部位を担当する脳の領域が拡大しすぎてしまい、結果として脳全体でのバランスが悪くなり、誤作動を起こすフォーカル・ジストニアになるということです。

ミュンスター大学のカーリン・ローゼンクランツ博士は、ジストニアを患ったピアニストと健常なピアニストを対象に実験を行い、脳内で起こっている問題を解き明かしています。

健常なピアニストが特定の指を動かそうとした時の彼・彼女たちの脳内では、その指だけではなく、周囲の筋肉に指令を送る神経細胞までもが活性化していることが分かった。ピアノは演奏する際に、複数の指を一度に動かす必要がある楽器である。そのような環境に適応したため、ピアニストの脳には、複雑な動きを生み出しやすい回路=マップが形成されたのだ。

ところが、ジストニアを患ったピアニストの脳では、特定の指を動かした時に、その指の周辺の筋肉のみならず、より遠く離れた部位を司る神経までも活性化していることが確認された。つまりは、人差し指しか動かそうとしていないのに、小指までも一緒に動く事態を引き起こしてしまうのである。

人差し指を動かそうとした時に、その人差し指とその動きを助ける筋肉を担当する脳の領域が活発化するのが自然な状態です。しかし、ジストニアになってしまっているピアニストは、動かそうとしていない小指の脳の領域までもが活発化してしまい、実際に指が動いてしまうということです。

このような「神経の混線」による誤作動がジストニア、イップスにつながっていると考えられることになります。そのため、イップスを克服するには、神経の混線を回避することがポイントとなります。

イップスの克服方法

イップスの克服方法として、「勝てる脳、負ける脳」では以下のものが紹介されています。

  • パターの長さや形状を従来から使っていたものから大きく変える

    長尺パターを使ってみる。先端部が曲がっていたり、くの字のように変形したパターを使ったりすることで、反復練習したものと異なる運動メカニズムにし、混線している神経を回避する。

  • 自らの意思でフォームを変える

    イップスが起こる条件である「一定の姿勢、同一の行動」を変える。パットにイップスで苦しんだサム・スニードは、広いスタンスをとってボールをまたぐようにたち、その両足の間でパッティングを行うことで克服(後にUSGAによって禁止される)

  • 身体的な運動を控えてメンタル・プラクティス(イメージトレーニング)を行う

    脳から肉体への指令、肉体から脳へのフィードバックが狂ってしまっているので、一旦は身体的な運動を控える。そして正しい脳内マップへ修復するためのイメージトレーニングを行う。

膨大な量の反復練習が脳に自動的なプログラムを多くセットすることになるのですが、過度なものになってしまうと、脳内のマップがおかしくなり、神経が混線を起こしてしまいます。しかも、脳には可塑性という一度変形したら、その状態を維持するという性質があるため、混線を回避することが困難になります。

同じ道具、同じ姿勢では、その混戦している神経を使うことになります。運動のメカニズムが変わる道具、姿勢を取り入れると、新しいメカニズムとなるため、反復練習により脳にセットした自動化プログラムが役に立たなくなります。しかし、混線している神経を使わなくなるため、自分の意図しない動き(イップス)が減ることにつながるということです。

長尺パターを使うことで、キャリアの危機を脱したプロゴルファーが少なくありません。科学的に見ても正しいイップス克服の方法論で、実際に効果もあることが確認できていると考えられます。

弓道の世界では「早気」「もたれ」(イップス)の治療法として、弓や矢に一切触れずに、優れた上級者の射を見ながら、自ら射る姿を想像する『見取り稽古(メンタル・プラクティス)』が古来から推奨されています。

弓道の見取り稽古による早気ともたれの克服は、長い歴史を通じて達人たち積み重ねてきた得た叡智です。科学的な見地から見ても合理的なものであるため、試してみる価値のあるイップスの克服方法と言えます。

まとめ

このように見ていくと、イップスをメンタルの弱さと捉えて、気持ちの問題だから「精神を鍛える」という精神論に走ってしまうのは、非常に危険な結果を招く恐れがあることがわかります。

メンタル・プラクティス(イメージトレーニング)は、メンタルを鍛える、事前のシュミレーションをするという効果だけでなく、継続的に練習に取り入れれば技術の向上につながるということをシリーズの第1回で紹介しました。

さらには、イップスの克服においても成果が期待できる方法論となりますので、世界のトップで結果を残し続けるためには、メンタル・プラクティス(イメージトレーニング)を深く研究していくことは非常に重要なことであると言えます。

オリンピックの種目で強化に成功している競技は、世界で経験を積ませることを重視していますし、心技体の3つを磨く科学的な方法論を積極的に取り入れています。逆に過去の栄光にすがって旧来からの方法論に頼る競技は低迷しています。

肉体を鍛えるためには、ひすたら厳しいトレーニングを続けることが良しとされている時代がありました。しかし、スポーツ科学が発達したことによって、そのような方法論は効率が悪いもので、実際には休養をすることがトレーニングをより効率的なものにし、かつ故障のリスクを下げることが、明らかにされています。

同様に心を鍛える、すなわち脳を鍛える方法論も、旧来からのような精神論では逆効果になる可能性があるため、より科学的なものを取り入れていくことが重要ではないでしょうか。

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