ゴルフと神経科学(3)なぜ勝利を目前にし、意識すると崩れるのか?

「ゴルフと神経科学」というシリーズで、第1回は「イメージトレーニングと効果」、第2回は「エリートと凡人を分け隔てるもの」というタイトルで更新しました。

第3回は「超一流、エリートと呼ばれるようなアスリートでも、なぜ崩れてしまう」のか、そして「それを克服する方法」がテーマとなります。

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一流アスリートが「崩壊」に陥るパターン

一流、エリートと呼ばれるような選手であっても勝利を目前して崩れてしまうことがあります。

反射的に、半ばオートマチックに使いこなせるようなったはずの技術さえも使いこなせなくなってしまう状況に陥ってしまうことになるのですが、その原因についても「勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること(集英社新書・内田暁/小林耕太著)」では触れられています。

「緊張した」「硬くなった」。アスリートたちは緊迫の場面に直面した時、自身の心身の状態を、しばしばそのような言葉で表現する。言葉の選び方や言い方に多少の差こそあれ、その結果が招くのは、いずれも、普段は犯さないようなミスの連発だ。そして多くの場合は、そのまま敗戦へと転がり落ちてしまう。
このように、極度のプレッシャーや緊張状態に耐えきれずにパフォーマンスが劇的に悪くなることを、スポーツ心理学では「スポーツ不安(sport anxiety)」や「チョーキング(choking)」と呼ぶ。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.123)

このような劇的なパフォーマンスの低下、悪化を重要な場面で繰り返していては、いかに技術が素晴らしくても、良い結果を残すことは難しくなってしまいます。

望む結果を手にするためには「スポーツ不安」を克服することが非常に重要になるのですが、その内情、原因については、いくつかのパターンがあります。そのため、まずは「どうしてそうなってしまったのか?」を正確に把握することが重要になります。

「勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること(集英社新書・内田暁/小林耕太著)」では、以下の3つのパターンと、その克服方法が紹介されています。


  • チョーキング(choking)
  • パニキング(panicking)
  • トラウマ(trauma)

今回の投稿ではチョーキングについて深く掘り下げていくのですが、その前にパニキングとトラウマについても簡単に触れておきます。

パニキング(panicking)とトラウマ(trauma)

パニキングとは「パニック」に陥ってしまって「頭が真っ白になってしまう」状態を指しています。この言葉を定義したのは脳科学、心理学の著書を多く持つマルコム・グラッドウェル氏で、このような状態が起こる原因として「選択肢や経験の少なさ」を指摘しています。

「脳内のプログラムの量が足りない」ため対応しきれなくなる、もしくは「経験が不足している」ためパニックになり、頭が真っ白になってしまうということです。これを克服していくには、経験から学び、次に同様の場面に遭遇した場合に、対応できるような引き出しを増やしてくことが重要になります。

ただ、この崩れた経験が、恐怖としてトラウマとなり、同じような状況で恐怖心を呼び起こし、失敗を繰り返してしまうというケースもあります。この「過去の体験が原因となるパフォーマンスの低下」は避けて通れない脳の宿命でもあります。

大きな痛みを伴う敗戦や失敗を経験すると、多くの場合で感情が激しく揺れ動かされます。その結果、脳の扁桃体という様々な感情に関する情報を処理していると考えられる部位を強く刺激することになります。

感情を大きく揺さぶるような経験は扁桃体における記憶定着を強く促すことになるため、深く脳に焼き付きます。しかも、一旦、定着してしまうと取り除くのは難しく、傷を癒やすのは困難になることがアメリカのハーバード大学、イスラエルのベン・グリオン大学の研究者らによって明らかにされています。

そのため重要になるのは、傷(トラウマ)として脳に定着してしまう前に手を打つこととなります。

扁桃体の細胞は、恐怖の学習によってその応答が変化することが分かっている。消去をすぐに行った場合には、この応答の変化自体を回復する(恐怖を忘れる)ことができるのだ。かたや、恐怖の学習から1日経過すると、神経の応答は回復できなくなってしまう。近年の研究により、このような細胞レベルの変化こそが、恐怖の固着の正体だとの見方が主流になっている。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.123)

大きな失敗や崩壊を体験した後に「寝て忘れる」ことを選択してしまうと、癒やすことが難しくなるくらい傷を深く刻み込むことになるということです。

睡眠の周期を一回飛ばすことで、「恐怖」が脳に定着することを防げる可能性があるようです。ただ、それは現実的には難しいため、「失敗の記憶や負の感情を払拭すべく、正しい学習を行うこと」が、トラウマとなることを回避する効果が期待できる策として紹介されています。

つまり、大きなミスショットをしたら、それを「寝て忘れようとする」のではなく、直後に同じショットを練習で取り組んで修正しておくことが、現時点で考えうるトラウマを回避するための方法論となるようです。

脳のプログラムが解体するチョーキング(choking)

プレッシャーやストレスが原因となって起こるパフォーマンスの低下として、多くの場面で起こりうるのが「脳にセットされたプログラムが、何らかの理由によって起動しなくなるため」だと考えられています。

そして、反復練習により脳にセットされたプログラムが起動しないという現象は、残念ながら、どんなに経験を積んだベテランアスリートにも起こりうることです。

「勝利を意識する」「負けた時のことを考える」などの”雑念”が、脳裏をよぎった時、あるいは脳が極度の緊張状態にさらされた状況下では、このプログラムが起動しなくなることがある。潜在意識化されていたはずのプログラムが、バラバラに解体されてしまうのだ。
このような状況は、どんなに厳しい練習を積み実戦の場数を踏んだベテランアスリートですら、時に陥りかねない罠である。例えば、グランドスラムで16度の優勝を誇る世界1位(2017年10月時点)のラファエル・ナダルは、ケガから復帰したばかりで思うようなパフォーマンスが出せずにいた2015年、「試合の中で重要な局面になると、『フォアハンドはどうやって打つのだろう』と考えはじめ、どこに打ったら良いかなどを考えられなくなった」と告白していた。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.125)

2015年時点でのラファエル・ナダルは29歳で、テニスを本格的に始めてから25年、世界のトップクラスとして戦い始めてから10年以上という豊富な経験を持っていました。
それでも実戦から離れていた期間が長かった後では、プレッシャーのかかる場面となると、数え切れないほどの数を打ってきたフォアハンドのショットの打ち方がわからなくなるという現象を体験しています。

このような現象が起こる理由について、女子テニスの元世界ランク1位のアナ・イバノビッチが、サーブでミスを連発していた時期に、わかりやすく説明してくれています。

「例えば階段を下りる時、まずは片足を上げて、どっちの足に重心を掛けて・・・・・などと考えていたら、転んでしまうでしょう?サーブが入らない時は、そのような感覚になってしまう」

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.126)

一つひとつの動きを意識してしまった瞬間に、「無意識に、反射的に、何も考えずともできた動作」が、「非常に困難な動作」へと変貌してしまうことを、わかりやすく的確に説明してくれています。

このように窒息したかのように身体が動かなくなり、思考も混濁するような状態になることをチョーキング(choking)と呼びます。

このチョーキングが起きてしまうと、反復練習によって脳にセットしていたプログラムが起動しない、もしくは解体するというような状態に陥ることとなります。

卓越した結果を残すためには、このチョーキングや脳のプログラムの解体を回避、克服することが重要となります。そのためには、まずはその原因について把握することが必要となります。

脳のプログラムが解体してしまう原因

シカゴ大学の心理学・神経学者のサイアン・ベイロック氏は「チョーキング」と「プログラムの解体」について多大な研究成果を上げています。その数々の研究の中でも2004年に発表された論文の内容は、多くの研究者やアスリートの関心を集めるものとなっています。


  • ミシガン州立大学の熟練のゴルフ部員、PGAのプロゴルファーが対象
  • 1回目:3つの異なるポジションから合計20回パットをし、可能な限りターゲットに近づけてもらう。
  • 2回目:パットの最中にランダムになる音を耳にした瞬間に「鳴った」と言ってもらいながら同じように合計20パット
  • 3回目:スイングが終了した瞬間に「止まった」と言わせながら、同じように20パット
  • それぞれの実験によるターゲットとボールの平均距離を測定

結果は1回目の実験では平均値が15.09センチだったのですが、音に意識を向けながら打った2回目は13.74センチに向上します。打数を重ねたことによる「慣れ」があったことと、パットを打つという行為が無意識化されていたことが組み合わさった結果、不必要な作業が増えたにも関わらず数字は向上します。
しかし、スイングの終了時に「止まった」と言わせることを課したパットの平均値は19.44センチと後退してしまいます。

この理由については以下のような説明がなされています。太字は管理人によるものです。

ではなぜ、このような結果になったのだろうか?理由は簡単だ。一連の動きとして完璧に自動化されていた”パットを打つ”というプログラムが、「クラブがどう動いているのか?」とパフォーマンスそのものに注意を向けた瞬間に、バラバラに崩壊してしまったのである。喩えるなら、自動車のクルーズコントロール(自動操縦モード)が解除され、マニュアルモードに戻ったような状態になったのだ。この現象は、ナダルやイバノビッチのような超一流のアスリートたちですら、試合中に勝利を意識したため、あるいはミスを恐れてどう腕を振るべきか考えすぎてしまったために陥る”チョーキング”と同じだと言えるだろう。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.126)

クラブが止まった瞬間に「止まった」と言葉を発することが課題として加えられましたので、パットの際に、クラブの動きに対する意識の比重が大きくなります。その結果、自動化されていた、無意識化されていた動きが、意識のレベルに戻ってきてしまい、あたかも階段の登り方がわからなくなる、登る動きがぎこちなくなるのと同様の状態になってしまったということです。

このような「パフォーマンスを意識することによるプログラムの解体」は、あくまでも多くの反復練習を積み重ね、多くの高度な技術が自動化、プログラム化された上級者にだけ起こるものです。初級者、中級者は、逆にパフォーマンスを意識することが効果的であることも実験によって明らかにされています。

初球・中級者はパフォーマンスを意識することが効果的

シカゴ大学の心理学・神経学者のサイアン・ベイロック氏はサッカーの選手を対象として、同様の実験を行っています。


  • カナダのマックマスター大学のサッカー部員で、8年以上の競技経験がある上級者10名と2年未満の初中級者10名
  • 片足だけボールにタッチするという制約の中で、1.5m毎に立てられたコーンの間をジグザグにドリブル。
  • 実験は利き足と反対側の足の両方でタイムを測定。
  • 以下の3つのパターンで測定

    (1) 普通の練習:上記の制限の下でドリブルを行う。

    (2) 技術集中課題:ドリブル中に、ランダムになる音が聞こえた瞬間に、足の甲のインサイドかアウトサイドのどちらで蹴ったかを声に出す。

    (3) 二重課題:ドリブル中に、無作為に複数回、一音節の単語が再生され、聞く度に声に出す。


結果は、利き足で行った場合、初中級者は「動きに意識を傾けた技術集中課題」の方が「二重課題」よりもタイムが良くなり、上級者は「パフォーマンスに意識を傾けた技術集中課題」の方が「二重課題」よりもタイムが悪くなるというものでした。

初中級者は、動きの一つ一つに意識を傾けることでパフォーマンスが向上するのですが、ドリブルの習熟度が高い上級者の場合は動きを意識するとパフォーマンスが落ちたことを示しています。

これは先のゴルファーを対象にした実験と同様の結果で、自動化された技術が多い熟練者であるほど、動きに意識を傾けることは逆効果になることを、実験結果は示していると考えられます。

チョーキング(choking)への対策・克服方法

ベイロック氏は、緊迫の場面でパフォーマンスが落ちるアスリートの脳内では、前頭前野が活動していることも明らかにしています。

前頭前野は、衝動的な行動を抑える機能を備えており、高次な行動実行に深く関わることが分かっている。また前頭前野こそが、他の動物に比べて人間が特異的に発達した部位であり、そのため”理性の座”とも表現される脳の領域だ。
(中略)
アスリートが反復練習を繰り返して特定の技を習得した時、その一連の動きは小脳や大脳基底核にプログラムとしてセットされる。そして一旦プログラムが完成すると、前頭前野は殆ど関与しなくなる。ところが緊張状態に陥ると、再び「どう腕を振るべきか」「どこで打つべきか」などの意識が働き、前頭前野がプログラムの遂行を阻害してしまうのだ。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.126)

このように「勝利を意識」したり、「ミスをしてはいけない」という想いが強くなって緊張感が高まると、「身体の動かし方」への意識が強くなり、前頭前野が自動化のプログラムを起動させない、もしくは狂わせることになり、考えられないようなミスを犯してしまうということです。

このようなチョーキングを乗り越えるためにどうすれば良いのか、そして直面した時にどうすればよいのかということについて、ベイロック氏は以下のような対策を提唱しています。

  • 常に、緊張感やプレッシャーを感じる状況下で練習する。
  • 長い間を取らず、素早くプレーを実行する。
  • パフォーマンスのことを考えるのではなく、打つべきコースやターゲットなどに集中する。

引用元:勝てる脳、負ける脳(集英社新書 P.126)

ベイロック氏はゴルファーを対象に”観客に見られて練習しているグループ”と”1人で練習しているグループ”を作った実験を行っています。

それらのグループの脳の活動をfMRIで調べたところ、”観客に見られて練習しているグループ”の脳の方が効率的に活動していることが明らかになっています。さらにギャラリーがいる試合にそれらのグループが出場したところ、”観客に見られて練習しているグループ”の方が良い成績を残すという結果になったようです。

そのため試合に近い緊張感を持てるような環境で練習することが、チョーキング対策の一つとなります。

2番目と3番目の対策は、チョーキングの多くのケースで見られる「身体の動きに対して意識が向いてしまう」ことを回避するための方法です。

アクションを始める前に長い時間をかけると、無意識ではなく、意識の方が強く働いてしまいます。それを避けるために素早くプレーし、脳にセットされたブログラムに身を委ねるようにする。そして、パフォーマンスに意識がいかないように、ターゲットや打つべきコースのほうに集中する。というようなことをベイロック氏は提唱しています。

24歳にしてPGAツアー11勝、四大メジャー3勝でキャリアグランドスラムに王手をかけているジョーダン・スピースはパットの名手として知られています。そのスピースは、1.5m程度のストレートのラインの場合は、カップを見ながらパッティングすると話しています。

中継などで見たことがあるかもしれませんが、1・5メートル以内のストレートラインだったら、ボクはカップを見ながら打つことがあります。なぜかって? ボールに集中してしまうとプレッシャーで体がうまく動かなくなることがあるからさ。カップに打つんだ、という意識を持つことで自然なストロークができるんです。

引用元:ALBA

スピースは構えてから打つまでの時間が短い選手でもあります。
緊張する場面であってもチョーキングを回避できる方法論を知っている、もしくは身につけることができていると考えられます。こういったことも、スピースがゴルフ史上でもエリート言えるペースで結果を残すことができている理由の一つと言えそうです。

チョーキングを回避する方法としては、常に一定のリズムでプレーできるように「必ずボールを3回ついてからサーブ」といったようなルーティン化、クラブの特定の部位を見つめて「頭を空っぽにする」ということも効果的な方法として「勝てる脳、負ける脳」では紹介されています。

イチローの打席の前のルーティンは広く知られていることです。イチローは打席に立って様々なルーティンをこなした後、センター方向に垂直にバットを立てて間を置いてから構えます。
イチロー本人はバットを前に立てた時に、センター方向に球場のサインにバットを重ね合わせて集中力を高めていることを明かしていますが、これもチョーキングを回避する有効な方法論に合致していると考えられます。

まとめ

長くなりましたので、今回の内容を最後にまとめます。

  • 勝利を目前にする、勝利を意識した時に崩れてしまうのは、緊張が高まることにより、脳にセットされた自動プログラムが動かなくなるため
  • スポーツ不安には、経験不足、脳のプログラム不足によるパニキング、過去の失敗した体験に起因するトラウマ、意識が混濁し、身体が動かなくなるチョーキングなどがある。
  • 卓越した実績と経験を持ったベテランのエリートプレイヤーでもチョーキングの状態に陥ると崩れてしまう
  • チョーキングへの対策としては(1) 普段から緊張感とプレシャーのある環境で練習、(2) 長い間をとらず、素早くプレーする、(3) パフォーマンス(身体や道具の動き)ではなく、ターゲットや打つコースに集中する、(4) 一定のリズムを保つためのルーティンを持つ、(5) 頭を空っぽにする方法を確立する、などがある。

高度な技術がいかに多く自動化されていたとしても、チョーキングの状態になると、脳のプログラムが起動しなくなる、もしくは正常に作動しなくなってしまいます。

グランドスラムを数多く制し、実績も経験も豊富なラファエル・ナダルですら、チョーキングに陥ると、技術が崩れています。それを考えると、普段から対応策を準備しておくことは、非常に重要なことです。

次回はこのシリーズの最終回で「イップスの原因と克服方法」です。

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